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140文字以上の主に本についてのつぶやき

上野葉子のことば

先日読んだ谷崎由依さんの『遠の眠りの』でその存在を知った、
1911年に日本初の女性による女性のための文芸誌として創刊された『青鞜』に参加していた上野葉子。

長沼(高村)智恵子による創刊号の表紙
Photo: Wikimedia Commons

明治・大正期の評論家、小説家です。

上野葉子

生年:明治19(1886)年4月5日
没年:昭和3(1928)年7月17日
出生地:岐阜県大垣町(大垣市)
旧姓(旧名):稲葉 てつ
別名:葉 はるか
学歴〔年〕:東京女高師文科(現・お茶の水女子大学)卒
経歴:
明治41年福井高女教諭となり、海軍士官の夫と結婚後は夫の任地で教職に就く。傍ら、明治44年青鞜」に「痛みと芸術と」を寄稿。以後、「人形の家より女性問題へ」「進化上より見たる男女」など長文の女性論を発表し、「青鞜」における突出した女性解放理論家として活躍。のち小説を書き、大正10年葉はるか名義で長編「雑音の中より」を大阪朝日新聞の懸賞小説に応募し佳作となった。他の作品に「骸骨を抱いて」「女房始め」など。没後、夫の手により「葉子全集」全2巻が自費出版された。
〜「20世紀日本人名事典」より

42歳で亡くなられています。

令和の現代でも通じる鋭い言葉を残されています。

とかく女性の眼界は、過去の久しい因習に遮られて、如何にも浅く、狭いものが多い。独り善がりの小い世界に甘ずる哀れな傾を持ってゐる。

たまたま、突飛な考を抱く者があると、女性自ら女性に向って攻撃の矢を放つて、みずから自らを侮辱するといつた様な現状である。これは互にその心掛を理解しないのにも因るであらうけれど、また一つは、男といふものが、女の眼を盲にして、自覚の余地を与へないからであらう。

「女の敵は、いつだって女なのよ」byマイ○ロディのママを地で行く、今なら炎上しかねない言葉ですが、真理をついているとわたしは思います。

長い間の因習を打破し、覆いかかる黒雲を排除するは、女性自らせねば誰れも知った事でない。それには夫をも捨て、子供をも捨て、家庭をも見くびらなくてはならぬほどの悪闘をせねばならぬ。

こちらの決意が試されている、と感じます。

ノラが、今こそ父から夫から不当な取扱を受けてゐたことを覚つたのである。あゝ実に、何億万の女性は、ノラくらいでない、もつともつと、不当な取扱を受けて甘じてゐるではないか。ノラの自覚は世界の女性の自覚である。否、そうあらせたい。ノラのこの自覚が起こると共に、ノラの奮戦苦闘は始る。

ノラはイプセン『人形の家』の女主人公です。

「新しい女」の代名詞となった、婦人解放の書として絶賛された戯曲。
自我に目覚めたノラは夫を捨て家を出ます。
確か発刊された当時、男性知識人は、
「ノラはこの後娼婦として生きるだろう」みたいな論調が多かった、と
なにかで読んだ記憶があります。

ネットの海を漂ったけれど、上野葉子さんの写真は見つけられませんでした。
上野葉子さんに関する論文は1つしか書かれていないみたいです。

もっと上野葉子さんについて知りたいと思います。
叢書『青鞜』の女たち 第12巻(不二出版)が
復刻版の葉子全集なので手に入れたいです。

嗚呼、知りたい欲求でまた読みたい本、欲しい本が増えてしまう…。